海運業界とは
世界中の貿易を支える海運業界
今、手元にあるスマートフォンや洋服、食べ物がどこから来たか考えたことはありますか?
実は、私たちが普段使っているものの90%以上が船で運ばれています。海運業界は、世界中のモノを運ぶために存在しているんですね。
「海運が止まると、世界の経済も止まる」というほど、海運業界は重要な役割を果たしています。
海運業界が解決する3つの課題
「大量のモノを安く、安全に、効率よく運ぶには?」この課題に応えるのが海運業界です。
海運は「世界最大の輸送手段」と言われるほど、莫大な貨物を運べます。例えば、大型のコンテナ船なら約2万個以上のコンテナを積めるんです。
【課題①】 大量の貨物を安く運びたい
例えば、日本の自動車メーカーがアメリカやヨーロッパに車を輸出するとします。飛行機で運ぶと速いですが、コストがとても高くなってしまいます。
そこで、海運を使えば飛行機の数十分の一のコストで、大量の車をまとめて運ぶことができます。
【課題②】 資源や原料を安定供給したい
私たちが使うガソリンや電気の原料である「原油」や「LNG(液化天然ガス)」は、日本ではほとんど生産できません。
でも、日本の発電所やガソリンスタンドが「今日は原油が足りない!」なんてことになったら大変です。そのため、世界の産油国から日本へ、巨大なタンカーで安定的に運ぶ必要があるんです。
【課題③】 世界のサプライチェーンを効率化したい
例えば、アメリカのアパレルブランドが中国やベトナムの工場で服を作り、ヨーロッパや日本で販売するとします。
ここで重要なのは、「必要な時に、必要な量を、必要な場所に届ける」こと。
海運業界が発展することで、企業は「どこで作って、どこで売るか」を自由に決めることができるようになったんです。

海運業界があるからこそ、世界の貿易が成り立ち、私たちの暮らしが便利になっているんですね。
海運業界のビジネスモデル
船でモノを運ぶのが海運業界の基本ビジネス。ですが、実は海運業界のビジネスモデルは大きく3つに分かれています。それぞれの仕組みを見ていきましょう。
定期船ビジネス(ライナー)
皆さん、電車やバスは毎日決まった時間に運行していますよね。海運にも「定期便」があるんです。
例えば、日本からアメリカへ毎週コンテナ船を出すとします。コンテナ1つあたりいくら、という形で運賃をもらい、貨物を運びます。
稼ぎ方のポイント:
- コンテナの数 × 料金 で収益を得る
- スケジュールが決まっているので安定した収益が見込める
- たくさんの荷物を積めば積むほど利益が出る
不定期船ビジネス(トランパー)
では、大量の鉄鉱石や原油を運ぶ場合はどうでしょうか?これは、決まったスケジュールではなく、その時々の需要に応じて船を動かします。
「今、ブラジルから中国に鉄鉱石を運びたい!」という企業がいたら、海運会社が船を手配し、運賃を決めて輸送します。
稼ぎ方のポイント:
- その時の需要で運賃が変動する
- 契約ごとに運賃を交渉するため、儲かる時とそうでない時がある
- タンカーやバルク船(穀物・鉄鉱石を運ぶ船)が中心
内航海運
例えば、大阪の工場で作った製品を北海道へ運ぶときにトラックだけでは足りない。そこで、国内の港をつなぐ海運が活躍します。「宅配便」のようなイメージですね。
稼ぎ方のポイント:
- フェリーや貨物船で定期的に運ぶことで安定収益
- トラックよりも大量に運べるため、コストメリットがある
- ガソリンや建築資材の輸送でも重要な役割
海運業界のビジネスプレイヤー分類
海運業界は船を持っている会社だけではなく、様々な企業が関わるエコシステムになっています。
プレイヤーを分類すると、大きく5つに分けられます。
カテゴリー | 役割 | 代表企業 |
---|---|---|
運航会社(オペレーター) | 実際に船を動かす | Maersk, ONE, 商船三井 |
船主(オーナー) | 船を所有し、貸し出す | Euronav, 日本郵船 |
サポート企業 | 港湾・船舶管理・保険 | PSA, P&Iクラブ |
物流統括企業(フォワーダー) | 企業の物流を管理 | DHL, 日本通運 |
技術・インフラ提供企業 | 造船・デジタル・燃料供給 | 三菱重工, Cargowise |
オペレーター/船を運航する企業
まず、「実際に船を動かしている企業」です。大きく2つに分けられます。
定期船(ライナー)会社
コンテナを積んで、港から港へ定期運航します。コンテナ1つごとに運賃を設定し、長期契約を結ぶことが多いのが特徴です。
代表企業
- 日本: ONE(日本郵船・商船三井・川崎汽船の共同出資)
- 海外: Maersk(デンマーク)、MSC(スイス)、CMA CGM(フランス)、COSCO(中国)
不定期船(トランパー)会社
需要に応じて柔軟に動くスポット契約で、主に鉄鉱石・石炭・原油・LNGなどを運びます。
代表企業
- 日本: 日本郵船、商船三井、川崎汽船(定期船も運営)
- 海外: Frontline(ノルウェー)、Diana Shipping(ギリシャ)
オーナー/船を所有する企業
実は「船を持っているけど、自分では運航しない」という企業も多いんです。
自分では運航せず、船を貸し出してレンタル料(チャーター料)を収益源とするビジネスモデルです。
代表企業
- 日本: 日本郵船、商船三井、川崎汽船(自社運航もあり)
- 海外: ギリシャ・ノルウェーの大手海運企業(例: Euronav, Navios)
サービスプロバイダー/船の管理・サポートをする企業
港湾インフラの整備や船舶の維持管理を担う企業です。港湾使用料、管理費、保険料などで収益を得ます。
代表企業の例
- 港湾運営会社(例: PSA(シンガポール)、DP World(ドバイ))
- 船舶管理会社(船員の手配・メンテナンス)
- 保険会社(例: 日本のP&Iクラブ)
フォワーダー・3PL/物流全体を統括する企業
船会社と契約し、企業の代わりに最適な輸送ルートを設計する、倉庫や陸送手配するなどの物流全体のマネジメントを担います。
代表企業:
- DHL(ドイツ)、Kuehne+Nagel(スイス)、日本通運(日本)
技術・インフラ提供企業
船の建造・メンテナンス、燃料供給、デジタル管理などを担います。最近では最新技術(AI・IoT)を活用し、効率的な運航をサポートするサービスも登場しています。
代表企業の例:
- 船舶製造(造船)会社 → 三菱重工、今治造船、大宇造船(韓国)
- デジタル技術会社 → Cargowise(物流ソフトウェア)、Spire(船舶追跡AI)
- 燃料・エネルギー供給企業 → バンカリング(燃料補給)会社
海運業界の大手企業15社
日本郵船
- 日本最大の海運会社で、世界的にも有数の規模を誇る総合物流企業
- コンテナ船、自動車専用船、LNG船など多様な船種を保有し、事業の多角化を進める
- 環境技術への投資に積極的で、脱炭素化に向けた取り組みをリードしている企業の一つ

オーシャンネットワークエクスプレスホールディングス(ONE)
- 日本郵船、商船三井、川崎汽船のコンテナ船事業を統合して2018年に設立された企業
- コンテナ事業に特化しており、世界有数のコンテナ船専業会社として規模の経済を追求
- 特徴的なマゼンタ(ピンク)色の船体で知られる
商船三井
- 多様な船種を運営し、特にLNG船での強みを持つ総合海運企業
- 海洋事業(FPSO等の浮体式設備)や再生可能エネルギー分野への進出に積極的
- 長い歴史を持ち、国際的なネットワークと顧客基盤を確立している
川崎汽船
- バルクキャリア(ばら積み船)や自動車専用船などの運営に強み
- 環境対応技術の開発に注力し、LNG燃料船などの導入を進めている
- 日本の大手海運3社(日本郵船、商船三井と並ぶ)の一角
NSユナイテッド海運
- 新日鐵住金系の海運会社で、鉄鋼原料や製品輸送に強みを持つ
- ドライバルク事業(石炭・鉄鉱石等の輸送)を中心に展開
- 安定した長期契約による収益基盤を持つ
飯野海運
- LPG船・ケミカルタンカーの運航に特化した専門性の高い企業
- 不動産事業も展開(東京・丸の内に本社ビル「飯野ビルディング」を所有)
- 特定分野での専門性を武器に安定した経営を維持
ENEOSオーシャン
- 石油メジャーENEOSグループの海運部門
- 原油タンカーや石油製品タンカーの運航に特化
- 親会社の石油製品輸送を中心とした安定した事業基盤を持つ
明海グループ
- 内航海運(国内輸送)に強みを持つ海運グループ
- セメント、石灰石などの産業基礎物資の輸送を主力とする
- 地域に密着した輸送ネットワークを構築

乾汽船
- 主にドライバルク船(ばら積み船)の運営に特化
- 中小型船を中心とした船隊構成で柔軟な輸送サービスを提供
- 長期契約と市況船のバランスを取った経営戦略を採用
共栄タンカー
- タンカー専業の海運会社として原油・石油製品の海上輸送に特化
- 長期契約による安定した収益基盤を持つ
- 特定分野での専門性と効率的な船隊運営に強み
東京汽船
- 曳船業(タグボート)と水先案内業を主力とする港湾サービス企業
- 東京湾を中心に船舶の入出港をサポートする重要なインフラ企業
- 港湾関連の多様なサービスを提供
上組
- 港湾荷役・倉庫業を中心とした総合物流企業
- 国内最大級の港湾運送事業者として広範な物流ネットワークを持つ
- 海運と陸上物流をつなぐ結節点として重要な役割を担う
名港海運
- 名古屋港を中心に港湾荷役、倉庫業、海運代理店業を展開
- 自動車関連の物流に強みを持つ
- 中部地区の産業を支える物流基盤企業として発展
内外トランスライン
- 国際複合一貫輸送(NVOCC)に特化した物流企業
- 自社船を持たない国際輸送のコーディネーターとして独自のポジションを確立
- アジア地域に強いネットワークを持つ
伊勢湾海運
- 名古屋港・四日市港を拠点とする港湾運送事業者
- 自動車・機械部品などの輸出入物流に強み
- 地域に密着した総合物流サービスを提供
海運業界の最新トレンドと課題
私たちの生活に欠かせない海運業界ですが、最近どのようなトピックスがあるのか見ていきましょう。
デジタル化と自動化の進展
これまでデジタル化が遅れていた海運業界ですが、近年ではデジタル機器を活用して作業負担を減らしたり、高速コンピューターを使って貨物の積み方を最適化するなど、効率化が進んでいます。 例えば、日本郵船はIoT技術を活用したスマートシッピングを推進し、船舶の運航データをリアルタイムで収集・分析しています。
船舶の小型化と新興アジア市場へのシフト
世界の貿易ルートが変化し、中国以外のアジアの港へのシフトが進んでいます。これにより、これまで主流だった超大型船から、中型・小型の船舶への需要が高まっています。これは、環境規制の強化や地政学的リスクの増加、そして供給チェーンの多様化が背景にあります。
環境規制の強化と脱炭素化への対応
今、世界的に“脱炭素”が求められていますが、海運業界も例外ではありません。国際海事機関(IMO)は、2030年までに温室効果ガス排出を40%削減(2008年比)、2050年までにはゼロエミッションを目指すという目標を掲げました。これにより、従来の重油を使う船ではなく、LNG(液化天然ガス)やアンモニア、メタノールを燃料とする船への転換が進められています。
海運業界の主な職種
海運業界と聞くと、大きな船が海を渡るイメージが浮かぶかもしれません。でも、実はその裏には、たくさんの職種の人たちが関わっています。
船員(海上職)
海の現場で働くプロフェッショナルです。長距離のコンテナ船だと、数カ月間ずっと海の上ということもあります。
- 船長(キャプテン):船の最高責任者。船の運航や安全管理、クルーの指揮を担当
- 航海士(オフィサー):船の進路を決め、操船を担当(1等航海士、2等航海士、3等航海士がいる)
- 機関士(エンジニア):エンジンや発電機などの機械を管理し、故障を防ぐ
- 甲板員(デッキクルー):船のメンテナンスや荷物の積み降ろし、ロープワークなどを担当
運航管理(オペレーター)
陸上から船の動きをコントロールする司令塔です。船の動きを陸から指示し、効率的な運航を実現します。
主な仕事内容
- 船の運航スケジュールを管理し、最適なルートを決める
- 燃料補給の手配や、天候の確認を行う
営業(ブローカー)
お客さんと交渉し、“どの船に、どの荷物を、いくらで運ぶか”を決める仕事です。
主な仕事内容
- 荷主(企業)と交渉し、契約を結ぶ
- 貨物の運賃を決定し、最適な船を手配する
船舶技術担当
船舶の技術的な管理を陸から行う専門家です。
主な仕事内容
- 船舶の修理や点検を計画する
- 安全管理システムの構築
- 新しい船舶を発注
港湾管理担当
港の管理・運営を行う職種です。公共の港では地方自治体の職員が担うことが多いです。
主な仕事内容
- 入出港する船舶の安全管理
- 港湾施設の運営、環境保全
通関士
輸出入される貨物の通関手続きを行う専門家です。複雑な貿易関連法規や関税制度に精通し、スムーズな物流を支えています。
主な仕事内容
- 税関への申告書類作成
- 税関検査の立ち合い

これらの職種の人々が連携して初めて、私たちの暮らしに必要なモノが運ばれてくるのですね。
海運業界の文化と特徴
海運業界の文化は、広大な海と同じように奥深く、そして多様です。この業界の独特な価値観を3つのポイントで見てみましょう。
国境を超えた大きな絆
大型の貨物船は、様々な国籍のクルーが共に暮らす小さな社会です。言葉も文化も異なる彼らが、限られた空間で数ヶ月間、一つの目的のために協力し合います。
この環境では、階級制度と多様性が不思議と共存しています。船長は絶対的な権威を持ちますが、同時に多国籍クルーの文化や宗教への配慮も欠かせません。ラマダン中のイスラム教徒のクルーのために食事時間を調整したり、様々な祝日を尊重したりする柔軟さも、この業界の文化なのです。
「待つ」という美学
陸上の物流では「ジャスト・イン・タイム」が追求されますが、海運には独特の時間感覚があります。台風一つで予定は簡単に狂い、入港が数日遅れることも珍しくありません。
「海を相手にする以上、自然には逆らえない」という諦観と知恵。技術は進化しても、海に対する畏敬の念を忘れない人たちの考え方です。
文化がカオスに交差する
今日の会議相手は中国のフォワーダー、明日はギリシャの船主、来週はシンガポールの港湾管理者……と、扱う貨物も、関わる人たちも、国も文化も多彩です。
交渉の文化も違います。「契約通りに進めましょう」という日本企業と、「いやいや、ちょっとぐらい予定ずれてもOKでしょ?」という南米の取引先。そんな中で、「もう、そういうもんか」と受け止めつつ、どうやってバランスを取るかを考えているのです。
海運業界に向いている人の特徴
長い時間軸で物事を捉える姿勢
コンテナがアジアからヨーロッパに届くまで、だいたい1ヶ月。船旅は長いんです。
「一日の長さは二十四時間だが、その一日をどう感じるかは人それぞれ」という言葉があります。同じように、海運業界では「一年」という時間の感じ方も違います。短期的な利益よりも、十年、二十年先の展望を描ける人が、この業界では生き残れるのです。
異文化への敬意と好奇心
海運は本質的に国際的な仕事。様々な国の人々と接する機会が多くあります。
「郷に入れば郷に従え」という言葉がありますが、海運業界ではそれに加えて「郷を理解せよ」という姿勢も大切です。表面的な慣習に従うだけでなく、なぜそうするのかという文化的背景にも関心を持てる人。そんな人が国境を越えた信頼関係を築けるのです。
明日の無事を祈る謙虚さ
船が出港してから目的地に着くまで、何週間も何の連絡もないことがあります。その間、荷物は無事に運ばれているのか。約束通りの時間に届くのか。船会社に託した荷物が、言葉通りに運ばれることへの絶対的な信頼がなければ、この業界は成立しません。
「世界は広いけれど、つながっている」。そんな感覚を持ち、海の前では人間は小さな存在だと認識できる謙虚さ。それが、この業界で長く生きていくための知恵かもしれません。

海運業界に向いている人とは、「海のように広く、船のように強く、波のように柔軟な心」を持つ人なのかもしれません。
まとめ
朝目覚めて飲むコーヒーは、南米から運ばれてきた豆。着る服は東南アジアで縫われたもの。身の回りのものの多くが、大きな船に乗せられて海を渡ってきました。
世界貿易の約90%が海上輸送に依存しているという事実は、この業界の重要性を物語っています。
荒波と共に生き、世界を繋いでいく世界の魅力を、お分かりいただけたでしょうか。